滑走路に止まった一機が、基地のすべてを止める ― CDDARとF-2復活の記録

あの日、松島の滑走路に並んでいたのは「水に沈んだ戦闘機」だった

2011年3月11日。あの日を、私たちは忘れることができません。

津波が松島基地を呑み込んだとき、第21飛行隊のF-2B戦闘機18機が、塩水にそのまま沈みました。一機は建物に叩きつけられていました。泥にまみれ、海水を浴びた機体が滑走路に横たわる光景を、隊員たちは呆然と見つめるしかありませんでした。

一瞬にして、日本はF-2戦力の大きな一部を失ったのです。

滑走路をふさぐ一機は、機能を失った基地そのもの

戦闘機がたった一機、滑走路の真ん中で動けなくなる。脚が折れたのか、エンジンが止まったのか。理由が何であれ、結果は一つです。ふさがれた滑走路は、機能を失った基地に等しい。 他の機体は飛び立つことも、降りることもできません。

だからこそ存在する任務があります。CDDARです。

CDDARとは何か

CDDARとは Crashed, Damaged, or Disabled Aircraft Recovery ― 墜落・損傷・故障で動けなくなった航空機を、迅速かつ安全に回収・移動させる特殊救難作戦です。整備部隊の中から、電気・整備・武装・電子・地上支援装備など、さまざまな専門の隊員が一つのチームを組んで動きます。

彼らの非公式なモットーが、その本質を物語っています。「最善を期待せよ、されど最悪に備えよ」。 普段は目立たず、非常サイレンが鳴った瞬間に集結する。そういう部隊です。

ただ「片づける」のではない

CDDARは、壊れた機体をただ引きずり出す作業ではありません。それ自体が高度な工学です。

機体の重心を正確に割り出さなければ、吊り上げる瞬間にさらなる損傷を生みます。翼の下に大型のエアバッグを何層も積み重ねて膨らませ、あるいはスリングとクレーンで吊り上げる。燃料、搭載ミサイル、複合材が損傷した際に生じる有害な粉塵まで、すべてを管理下に置きます。どうしても吊れず、引き出せなければ、機体を切断して断片ごとに運ぶこともあります。

原則は明確です。第一に安全、第二に機体の損傷を最小限に。 そして可能な限り、再び飛べるように生き返らせる。それが目標です。

なぜ世界は「全機廃棄」を予想したのか

F-2の生産ラインは、まさにその2011年に閉じようとしていました。復興と世界的な不況のなか、ラインを再開する余裕などありませんでした。

塩水に沈んだ精密な複合材構造の戦闘機。世界の常識では、それは「もう終わった鉄の塊」でした。だから誰もが、18機すべての廃棄を予想したのです。

それでも、13機は空に還った

しかし日本は、三菱重工とロッキード・マーティンの協力のもと、復旧プログラムに踏み切りました。

18機のうち、損傷が激しい5機は廃棄。残る13機の復旧作業が、2013年12月に始まりました。沈んだ鉄の塊と思われた機体が、一機、また一機と、再び大空へ還っていったのです。

ここに、あまり知られていない事実があります。復旧費用は一機あたり約130億円に達し、新造価格すら上回っていました。 単純な経済論理では説明のつかない選択でした。生産ラインが閉じたなかで、一機でも戦力を取り戻す ― その意志と、それを可能にした整備・復元の技術力が生んだ結果でした。

吊り上げられないと思われた鉄の塊を、それでも飛ばしてみせた。これは戦闘機の物語であると同時に、あの震災から立ち上がった、私たち自身の復興の物語でもあります。

華やかに飛ぶパイロットの後ろに、止まった鉄を持ち上げる手がある

戦闘機の華やかな出撃は、パイロットのものです。けれどその出撃が成り立つには、止まった機体を安全に片づけ、滑走路を蘇らせる手が、先に存在しなければなりません。

CDDARは、普段は注目されません。ある指揮官の言葉のように、**「必要になるその時まで、誰も知らない部隊」**です。

けれど ― 航空隊の次の出撃は、その手にかかっています。止まった一機を、再び飛ばすこと。それこそが、CDDARが存在する理由なのです。

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