三菱X-2、日本を4番目のステルス大国に変えた決定的な26分の衝撃

三菱X-2は、日本が「ステルス保有国クラブ」の扉を叩いた初の国産実証機です。2016年春、赤と白の塗装をまとった小さな戦闘機が名古屋の空へ舞い上がった瞬間、日本はアメリカ・ロシア・中国に続き、世界で4番目に国産ステルス機を飛ばした国となりました。しかし三菱X-2の本当の物語は、あの26分のフライトよりずっと前から始まっています。

なお日本では「心神(しんしん)」の通称でも親しまれますが、これは自衛隊内の初期コードネームで、正式名称ではなく公式にはX-2と呼ばれます。

三菱X-2

なぜ日本は自らステルス機を造ろうとしたのか

2000年代初頭、老朽化した戦闘機の後継を探していた日本が最も欲したのは、アメリカのF-22ラプターでした。しかし米議会は、最強ステルス機の技術流出を防ぐため、F-22の輸出そのものを法律で禁じます。同盟国である日本にも、例外はありませんでした。

買えないなら、造る——。この挫折を機に、日本は「ステルス技術を自らの手で検証する」という目標を掲げます。こうして始まったのが、三菱X-2の母体となったATD-X(先進技術実証機)計画でした。折しも中国やロシアがステルス機開発を加速させ、長年の武器輸出制限で停滞していた我が国の防衛・航空産業を立て直す名分も必要とされていたのです。

三菱X-2はどのように造られたのか

フランスへ渡った模型、そして2007年の決断

開発は一気に進んだわけではありません。2005年、日本はステルス形状の縮小模型をフランスへ送りレーダー反射断面積(RCS)を計測し、2006年には5分の1スケールの無線操縦模型を飛ばして高迎角飛行や自己修復飛行制御などを試験しました。

こうした準備段階を経て2007年、日本政府は数百億円規模の事業を正式に進めることを決定します。2009年、愛知県の小牧南工場で約400億円規模の製作が始まり、防衛装備庁(ATLA)の監督のもとで機体が形になっていきました。

心臓となった国産エンジンIHI XF5-1と3次元推力偏向

三菱X-2の核心は「すべて日本製」という点でした。推進力はIHI(石川島播磨重工業)が開発したXF5-1低バイパスターボファンエンジン2基が担い、それぞれ約5トン(約11,000ポンド)級の推力を発生させました。

とりわけエンジン後方にはパドル式の3次元推力偏向ノズルが備わり、排気の向きを上下・左右に変えて機首を機敏に制御できました。失速後の領域でも姿勢を保つ超機動性を狙った設計です。

光ファイバーで飛ぶ機体、自ら直す制御

操縦信号は電線ではなく光ファイバー(フライ・バイ・オプティクス)で伝えられ、電磁干渉に強いのが特徴でした。さらに「自己修復飛行制御」機能が加わり、操縦翼面の一部が損傷しても残った翼面を組み替えて飛行を続けられるよう設計されています。機体形状もステルスに合わせて磨かれました。外側へ傾いた双垂直尾翼、機体と滑らかにつながる主翼、エンジン圧縮機の正面を隠すS字インテーク(Sダクト)、電波を吸収する素材が組み合わされています。

項目諸元(公開ベース)
全長/全幅/全高約14.2m/9.1m/4.5m
エンジンIHI XF5-1 ×2(各約11,000ポンド級)
離陸重量約9〜13トン(報道により差)
乗員/武装1名/なし(技術実証機)
初飛行2016.4.22(名古屋→岐阜)

衝撃の26分——2016年4月22日の初飛行

2016年1月29日に公開された三菱X-2は、同年4月22日、名古屋飛行場を離陸し航空自衛隊岐阜基地に着陸しました。飛行時間はわずか約26分。短くとも、日本が独自のステルス実証機を実際に飛ばしたという象徴的な出来事でした。この初飛行によって日本は、アメリカ・ロシア・中国に続き、国産ステルス機を試験飛行させた4番目の国となったのです。

三菱X-2が残したもの——実証機の本当の任務

誤解しやすい点があります。三菱X-2は、そもそも実戦配備を目指した戦闘機ではありませんでした。武装もなく、量産計画もありません。その任務はただ一つ——「次世代戦闘機に必要な技術を実際の飛行で検証すること」でした。

よく挙げられるマッハ2.25級の最高速度やスーパークルーズといった数値は、初期構想段階の設計目標に近いものです。実証機がその性能を実際に達成したと公式に確認されたわけではありません。X-2が証明しようとしたのは速度記録ではなく、ステルス形状、推力偏向制御、先進素材、センサー統合といった「基盤技術」でした。試験飛行は2018年3月に終了。計画された約50回のうち約34回のソーティをこなして必要なデータを集め、X-2の役割はそこで幕を閉じました。

X-2からGCAPへ——2035年に向けた決定的な遺産

三菱X-2が集めたデータと経験は、そのまま次の段階へと引き継がれました。日本はこれを土台に第6世代戦闘機事業「三菱F-X」を立ち上げ、2022年12月にはイギリス・イタリアと手を組み、この計画はグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)へと発展します。

GCAPは、英・伊のユーロファイターと日本のF-2を置き換える第6世代ステルス機を3か国で共同開発する巨大事業です。目標就役時期は2035年、技術実証機は2027年末の初飛行を目指しています。2026年に入り英国の予算遅延で一時は資金の空白が懸念されましたが、英国が6月30日の国防投資計画で4年間に約86億ポンド(約1.6兆円規模)を割り当てたことで、契約は2027年まで延長される方向で整理されました。設計は、BAEシステムズ・レオナルド・日本のJAIECが設立した合弁会社Edgewingが統括します。

わずか26分の初飛行から始まった三菱X-2の挑戦は、結局のところ、我が国の防衛・航空産業を再び立ち上がらせた決定的な転換点となりました。再び空へ舞うことはありませんが、X-2が検証した技術は、今この瞬間も2035年の第6世代戦闘機の中で生き続けているのです。

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